仕組み化できる人を採れば、会社は変わるのか?

「仕事のできる人を採れば、会社は変わる」

そう期待するのは、決して珍しいことではありません。人手不足が続く中で重宝されるのは、与えられた仕事をこなすだけでなく、仕事のやり方そのものを見直し、効率を上げ、周囲にもそのやり方を伝えられる人材、いわゆる「仕組み化できる人」です。

ただ、その人を採用すれば会社が自然に変わるわけではありません。仕組み化できる人を採用することと、その人が仕組み化できる職場をつくることは、別の問題だからです。

仕組み化する人が入れば、今までのやり方も変わる

仕組み化とは、単に仕事を早くこなすことではなく、これまで何となく続いてきたやり方について「なぜこの手順なのか」「この判断は誰がしているのか」と問い直しながら、仕事を分解し、判断のコツとその理由を言葉にし、他の人でも同じように判断できる状態に変えていくことを指します。
そのためには当然、今までの仕事のやり方にも手を入れることになります。

すると、その仕事を長く担ってきた人からすれば、今までのやり方を否定されたと感じることもあるでしょう。
長年の経験で身につけたコツを「誰でもできるようにしましょう」と言われれば、自分が積み重ねてきたものまで軽く扱われたように感じるかもしれません。
だからこそ、仕組み化できる人を一人採用したからといって、職場が自然に変わるわけではなく、むしろその人の能力を既存の職場がどう受け止めるかという問題が、新たに立ち上がってくるのです。

「自分しかできない」は、本当に価値なのか

ここは、働く人の視点からも考えておきたいところです。

真面目に仕事をする人ほど、自分の市場価値を高めようと経験を積み、スキルを身につけようとします。特に、雇用が安定しにくい立場にいる人ほど、少しでも自分の価値を高めたいと考えるのは自然なことでしょう。そして長く仕事をしていれば、その人にしか分からない判断のコツや、仕事を早く進める工夫も自然と増えていきます。

問題は、それが意図的な出し惜しみによるとは限らないことです。
言語化する時間的な余裕がない、あるいは、そもそも自分の勘やコツを言葉にする方法を知らない。そんな事情から、悪意なく属人化が進んでいくこともあるでしょう。

理由がどうであれ、結果として「この仕事は自分にしかできない」という状態が生まれます。

その人は、その職場では貴重な存在になれるかもしれません。
ただ、もしそのやり方が、その会社や業界でしか通用しないものだったとしたらどうでしょうか。

自分の価値を高めているつもりが、実は「その場所で消費されやすい自分」を強化しているだけ、ということもあり得ます。

スキルを増やせば、必ず市場価値が上がるわけではありません。
どこでも使える能力なのか、それとも特定の場所でしか使えない経験なのかによって、その後の選択肢は変わってきます。
だからこそ、自分が身につけた知見を言葉にし、人に伝え、他者が使える形に変換する力も、一つの重要なスキルだと言えます。

この力は業界が変わっても応用が利きます。
仕事そのものが変わっても、仕事を分解し、判断のコツとその理由を言葉にし、人に伝えるという考え方は使えるからです。

特定の仕事に詳しいことだけが、その人の価値ではありません。身につけたものを他者が使える形に変換できること自体が、その人の本質的な能力になっていきます。

会社側も、評価の仕方を変える必要がある

ただし、ここには会社側の課題もあります。

ある社員が毎月、大量の仕事を一人でこなしているとすれば、この人は目に見える成果を出していると言えるでしょう。
一方で、別の社員が仕事の手順を整理し、判断のコツを言葉にして、他の社員にもできるようにしたとしても、こちらは成果が見えにくいことがあります。
仕事を処理したわけではなく、仕事が一人に集中しなくなったからです。

その結果、その人が休んでも仕事が止まらなくなったり、新人が仕事を覚えやすくなる。また、ベテランが毎回同じことを教えなくてもよくなったり、ミスが減るなどするでしょう。

こうした成果は、何かをした結果というより、「何かが起きなくなった結果」として現れます。

だからこそ、仕組み化する力は、評価の仕方によっては見えにくくなってしまうのです。

会社が「たくさん仕事をこなした人」を評価するのか、「仕事を他の人でもできるようにした人」を評価するのか。
この違いが、職場に蓄積されていく能力の形そのものを変えてしまいます。

「自分がいなくても仕事が回るようにしたら、自分の価値がなくなる」のではなく、「自分が身につけたものを組織に残したことにも価値がある」と伝える。
そんな評価の姿勢があれば、働く人にとっても、経験をブラックボックスにして抱え込む必要性は小さくなっていきます。

人を増やせないなら、まず仕事の持ち方を変える

特に小さな会社では、仕組み化できる人を一人採用して業務改善を任せるという方法自体が難しいこともあります。そもそも、人を一人増やす余裕がないからです。
だからこそ、まず考えたいのは、今いる人たちが持っている仕事をどう変えていくかということでしょう。

一人に集中している仕事はないか。その人が休んだら止まってしまう仕事はないか。経験者にしか判断できないことは何で、その経験を他の人にも渡せる形にできないか。
こうした問いを一つひとつ見直しながら仕事の持ち方を変えていけば、一人に集中していた仕事を複数の人が担えるようになります。
多能工化も、この延長線上にあるものです。

これは、誰でも何でもできるようにするということではありません。一人しかできない仕事を減らし、複数の人が一定の水準で担える仕事を増やしていくということです。

その結果として、休みや退職による仕事の停滞を抑えたり、新人を育てやすくしたり、限られた人数でも仕事を回しやすくしたりすることにつながっていきます。

そして、こうした仕事の持ち方を変える過程で、設備やITの導入が必要になる場面も出てくるでしょう。その段階で初めて、助成金などの外部資源の活用を検討する価値が出てきます。ここで順番を間違えないことが重要です。

使える助成金があるから設備を買うのではなく、今の職場にはこういう仕事の集中がある。これを変えるために、この設備や仕組みが必要になる。では、使える制度はないか。
この順序で考えるべきでしょう。

助成金は仕組み化そのものではなく、すでに見えている課題を解決するための投資を後押しする手段の一つに過ぎません。順番が逆になれば、制度に業務が合わせられてしまい、かえって現場の実情に合わない仕組みが導入されるリスクもあります。

新しい人の力を、職場に残す

ここまで考えると、最初の問いに戻ってきます。

仕組み化できる人を採れば、会社は変わるのか。

仕組み化できる人は、確かに貴重です。しかも、その力は特定の業界知識とは違い、仕事の見方そのものに関わるため、別の業界でも応用が利く可能性があります。
だからといって、その人を採用すれば会社が変わるわけではありません。その人が能力を発揮できる余地が、職場側になければならないのです。

既存社員が持っている経験を組織に渡せる状態にすること。「自分しかできない」を価値のすべてにしないこと。そして、仕事を他の人でもできる形に変えたことを、会社がきちんと評価すること。
こうした土台があって初めて、新しく入った仕組み化できる人の力も生きてきます。
新しい人に職場を変えてもらうのではなく、変わり始めた職場に、新しい能力を加える。
人を採ることを考える前に、今いる人たちの経験が、会社の中に残る状態になっているか。そこから考えてみるのも、一つの方法ではないでしょうか。

<「現場の見方」について>

「現場の見方」は、職場で一般的に起こり得るさまざまな出来事を題材に、そこにある職場の構造について考えるコラムです。
人の行動や職場で起こる問題を、個人の能力や性格だけで捉えるのではなく、その背景にある仕組みや前提から見ていきます。
筆者を含むサイト運営が、個別のご相談や顧問先から伺った事情を、コラムの題材として無断で使用することはありませんのでご安心ください。

職場の構造、一人で抱えていませんか

ここで取り上げたような問題は、精神論や個人の頑張りでは解決しません。会社が制度として設計し、投資すべき「仕組み」の問題です。
当サイトの運営者である社会保険労務士事務所では、御社の状況をお伺いしながら、職場の構造を整えるための制度設計や、助成金の活用をご支援しています。

運営者情報を見る >>