親族登用で社員のモチベーションが下がる理由と、会社が考えるべきこと
─ 身内を入れる会社は、社員に何を返せるか

経営者の親族が会社に入り、重要な仕事を任される。場合によっては、将来の経営まで託される。中小企業ではよくある光景ですが、そこで働く社員には、割り切れない思いが残ることがあります。
親族がいることを承知で入社する人もいるでしょう。いずれ会社を継ぐのだろうと、ある程度想像している人もいるはずです。それでも、自分より経験の浅い親族が上の立場に置かれ、重要な仕事がそちらに集まっていく様子を目の前で見れば、心穏やかではいられません。

身内だから仕方ないと頭では分かっていても、分かっていることと納得できることは別です。
身内には勝てないという前提
身内という壁は、社員には超えられません。
仕事で結果を出せば評価が変わる余地はあっても、血縁という条件だけは変えようがないからです。つまり会社は、身内と同じ道を社員に示すことはできません。
だとすれば、会社が考えるべきなのは、社員を説得する言葉ではなく、身内ではない社員に何を返せるのかだと思います。
返せるものは、やりがいではない
ここで頼りたくなるのが、一緒に会社を良くしていこう、次の世代を育てることにやりがいを感じてほしい、といった言葉です。こうした言葉自体は悪くありません。
ただ、やりがいは社員が時間を差し出すことへの対価にはなりません。
やりがいがあるから給料が低くてもいい、負担が増えてもいい、将来の待遇が見えなくてもいい。そうなってしまえば、やりがいを理由にした搾取になりかねません。会社の都合で意味づけをすると、待遇や負担の問題が覆い隠されてしまいます。
求められるのは、自分の仕事が良くなること
社員に必要なのは、身内を応援する気持ちでも、会社のために頑張る気持ちでもなく、その人事によって自分の仕事や待遇、将来にも具体的なプラスが生まれることです。
ここでいうプラスは、親族を受け入れてもらうために差し出す特別な見返りではありません。
会社が目指す状態をつくるために親族を登用し、その結果として会社が良くなる。良くなった会社の恩恵を、社員も受け取る。そういう構造です。
たとえば、社長がすべてを決めていた会社で、後継者に権限を移す。すると、現場の社員が自分で判断できる範囲が広がります。

これは、後継者を受け入れてくれたから裁量を与えるという話ではありません。会社を次の状態に進めるための人事をしたら、社員の仕事も良くなった、ということです。
裁量のほかにも、専門性を生かせる場面が増える、無駄な負担が減る、経験を積める、会社の将来が安定する、収入や働き方が良くなるなど、現れ方はさまざまでしょう。
給与や労働時間のように本来守られるべきものを、身内を受け入れてもらう代わりに扱う話ではない、という点だけは押さえておきたいところです。
腹落ちは、最後までつながったときに生まれる
そして、もう一つ押さえておきたいことがあります。プラスが単独で示されても、人は腹に落ちないということです。
あの人が後継者になる。だから会社をこう変えていく。そのために、あの人にはこの役割を担ってもらう。自分はこの役割を担う。その結果、自分の仕事もこう良くなる。

ここまでが一本の筋としてつながったときに、初めて人事の意味が自分の問題になります。
そのとき社員の中にも、身内だから仕方ないと我慢するだけではなく、身内がこの役割を担うことで自分にもこういうプラスがある、と受け止められる余地が生まれます。
自分の役割をもう一度確かめ、仕事に向き合い直せるかもしれません。
ただし、こうした筋道とプラスを示せば納得が保証されるわけではありません。
感情の部分は、待遇だけでは解消しないからです。示したプラスは不満を和らげるための条件であって、納得を約束するものではありません。だからこそ、期待したほど良くならなかった場合に会社が何をするのかも、あらかじめ考えておく必要があります。
時間を使う理由をつくれるか
人生の時間は有限です。その時間をやりがいという言葉だけでつなぎ止めるのではなく、身内ではない社員が、それでもこの会社に自分の時間を使う理由を、会社はつくれるのか。身内を入れる会社に本当に問われているのは、そこではないでしょうか。
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