社員の声は、聞くだけでは職場は変わらない

「もっと社員の声を聞こう」
そう考える経営者や管理職は、決して少なくありません。面談を増やし、1on1を導入し、アンケートを取るなど、声を集める仕組みは、この数年でずいぶん整ってきました。
しかし、声を集めるだけで、職場は本当に良くなるのでしょうか。私は、そうとは限らないと思っています。
「聞いてもらえた」のに、何も変わらない

ある職員が、勇気を出して自分の思いを話したとします。
「もっとこの利用者にじっくり関わりたい」
「今のやり方より、こうした方がいい」
上司は真剣に耳を傾け、経営者にもその内容は伝わりました。それなのに、数か月後、その職員はこう感じることがあります。
「結局、何も変わらなかった」
声を上げなかった人は、変わらないことに驚きません。しかし、声を上げて聞いてもらえたと感じた人ほど、「変わるはずだ」という期待を一度持ってしまっている。
落差が大きいぶん、反動も大きくなります。

問題は、「実現できないこと」ではない
もっとも、社員の声をすべて実現できる組織など存在しません。
人員配置や収益の都合で応えられない思いもあれば、理念としては正しくても、他の職員への影響やコストを考えればそのままは採用できない提案もあります。
組織には、個人の思いだけでは測れない全体最適があるからです。
問題は、実現できるかどうかではありません。その声がどう検討され、どんな判断に至ったのかが、本人に見えないことです。
「難しいですね」
「今回は見送りましょう」
それだけで終われば、「話は聞いてくれた。でも、結局は聞き流されただけだった」という印象だけが残ります。声が届かないのではなく、届いた声が検討され、判断に至るまでの過程が、本人の目には見えないところで止まってしまうのです。
一方で、「今の人員配置では難しい。ただ、この条件が整えば検討したい」と伝えられたらどうでしょうか。
結果自体は変わらなくても、受け取り方はまったく違います。
大事なのは、理由を伝えて納得してもらうことではなく、自分の声が「検討され、判断され、その結果が自分に返ってきた」という流れそのものが見えることです。
声 → 検討 → 判断 → フィードバック

この流れが見えることで、少なくとも「自分の声が軽く扱われた」という受け止め方は変わる可能性があります。
逆に、この流れが途中で見えなくなれば、たとえ実際には真剣に検討されていたとしても、本人にとっては「聞き流された」のと同じ結果になってしまいます。
「声を聞く」だけでは、仕組みにならない
社員の声は、聞いて終わるものではありません。
実現する。実現できない場合は理由を返す。別の形に置き換えられないか検討する。
これらを突き詰めていくと、声を集める仕組みよりも、その後の「扱い方」が重要になってきます。
面談やアンケートは、声を集める入り口にすぎません。
多くの組織が力を入れるのは、この入り口の設計です。しかし、扱い方が決まっていなければ、声は組織の中で行き場を失います。
🔗 人間関係は、仕組みの代わりにはなれない
そしてもう一つ。同じような声が、時期や部署を変えて何度も出ていることがあります。
個別に処理しているうちは、それぞれ別の要望に見えます。けれど、「繰り返し出ている」という事実そのものを見ると、そこには個人の要望だけではないものが見えてくることがあります。
声は、会社が自分を見直すための材料
社員の声は、会社を困らせるものでも、要望を丸ごとかなえるためのものでもありません。
会社が、自分たちの設計を見直すための材料にもなります。
そう考えると、「社員の声を聞く」とは、声を集めることだけではないのかもしれません。
<「現場の見方」について>
「現場の見方」は、職場で一般的に起こり得るさまざまな出来事を題材に、そこにある職場の構造について考えるコラムです。
人の行動や職場で起こる問題を、個人の能力や性格だけで捉えるのではなく、その背景にある仕組みや前提から見ていきます。
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