「受け取れない構造」とは―上司と部下の関係

職場には、上司と部下という関係が置かれている場合があります。誰が最終的に判断し、誰が責任を負うのか。役割に応じた権限の違いは、仕事を進める上で必要なものです。
しかし、その上下関係を「人間としての上下」にしてしまう必要はありません。

問題は、そうした上下関係そのものではありません。役割の上下と、意見や知識の届け先が、同じところに集まってしまっていることです。
特に小規模な職場では、部下の意見を聞く場も、それを評価する権限も、直属の上司一人に集中しがちです。
上司がどう感じるかで、部下の知識が会社に届くかどうかが決まってしまう。かなり心もとない仕組みです。

しかも厄介なのは、そのことに気づきにくい点です。
意見が届く場がないまま能力を活かせなくなっているのに、「あの人は仕事ができない」と考えてしまう。逆に部下は「この上司は分かっていない」と感じる。
本当は能力の問題ではなく、意見を拾う場がそもそもない、という設計の問題かもしれません。

下にいる人は、本当に下なのか

新しく入ってきた人は、会社のやり方をまだ知りません。だから仕事の上では「教える側」と「教えられる側」になります。

しかし、その人が持っているものまで下なのでしょうか。

前の会社で身につけた知識、外から来たからこそ気づける問題もあるはずです。
採用のときは、会社もその人の経験を必要だと判断したはずです。それなのに、入社後にその知識を聞く場がなければ、結局「新人だから」という扱いのままになります。
採用面接では時間をかけて人を見るのに、入社後に話を聞く場は用意されていない。ここに、小さな空白があります。

「立場で見る」は、上司の性格の問題ではない

「新人だからまだ分からないだろう」「若いから経験がないだろう」

こうした決めつけは、上司の性格だけが原因ではありません。
単純に、部下の意見を聞く場も、評価する基準も用意されていないからです。
誰の意見を採用するか、提案を試す予算や裁量を誰が持つか。
これらが一人に集中していれば、悪気のない上司でも、結果として「立場だけで判断する」ことになりやすくなります。

優秀な部下は、脅威にもブースターにもなる

能力の高い部下が入ってきたとき、上司はその人を「脅かす存在」と見ることも、「押し上げてくれる存在」と見ることもできます。

これは上司の器の問題だけではありません。
多くの会社では、上司自身の評価が、部下の育成ではなく上司個人の成績で決まっています。
だとすれば、部下が優秀なことは、上司にとって自分の評価を脅かす要素でしかありません。逆に、部下を育てることが上司の評価に含まれていれば、優秀な部下はブースターになります。
上司の受け止め方は、性格以上に、何が評価されるかという設計次第なのです。

ただし、「育成を評価に入れる」というのは、育成という言葉を評価項目に加えるだけでは足りません。何をもって育成できたと見なすのか、その基準が曖昧なままでは、結局は評価する側の主観に頼ることになり、これまでと同じ問題を形を変えて繰り返すことになります。

人を下に見ると、能力を受け取れなくなる

意見を出しても「まだ分かっていない」と扱われる。そんな経験が続けば、人は「言っても仕方がない」と感じるようになります。

これも、上司個人だけの問題ではありません。
意見を伝える先が直属の上司しかいないと、届くかどうかはその上司次第になってしまいます。
忙しければ聞く時間はなく、都合の悪い意見は後回しにされる。ほかに拾ってもらえる場がなければ、一度否定された意見は、その後、会社に届かなくなってしまいます。

すると、部下は仕事をしなくなるわけではありません。
言われた仕事はしますが、それ以上の提案や気づきを声に出すことはやめていきます。
仕事は続けているのに、会社に渡されるものが少しずつ減っていく。
会社が採用で得られるはずだった経験や発想は、拾う場がなければ眠ったままになります。

個人の資質ではなく、意見を受け止める経路そのものが設計されていないという視点は、こちらでも扱っています。
🔗 人間関係は、仕組みの代わりにはなれない

パワハラと、権限の偏り

パワーハラスメントは「人を傷つける行為」として捉えられます。厚生労働省の指針でも、人格を否定するような言動は「精神的な攻撃」の典型例とされています。

ここに、もう一つの見方も加えられます。
評価や異動の決定権が、チェックの仕組みもなく一人に集中している職場では、行き過ぎた行為に歯止めがかかりにくくなります。
パワハラは、この「権限の偏り」が表面化した現象の一つと見ることもできるかもしれません。そして同じ偏りは、怒鳴ったり否定したりする行為がなくても静かに影響を残します。
「どうせ新人だから」という扱いのまま、意見を聞く場がないだけで、会社が受け取れるものは減っていきます。パワハラは、その一番目立つ入り口にすぎません。

心は、辞める前から離れていく

意見が届く場がある人は、気づいたことを伝え、改善を提案します。しかし届ける先がなければ、そこまでしなくなります。

この状態は離職よりずっと前から始まっています。
人は会社を辞める前に、まず心を離すからです。心が離れても、すぐ辞めるとは限りません。
何年もそのまま働き続ける人もいます。けれど能力を持つ人ほど、「ここでは力を活かせない」と感じれば、いずれ別の場所を探すようになる。
離職は、その積み重ねが目に見える形になっただけかもしれません。

「人を採用する」と「人の能力を活かす」は違う

採用時には、経験や能力を見て必要だと判断します。
ところが入社後にその知識を拾う場がなければ、「新人」「部下」という立場だけで見られることになります。ここに、採用と職場の間のズレが生まれます。

会社に入ってきたのは「人」だけでなく、その人が身につけた知識や経験も一緒です。
それが他の社員に共有され、仕事に活かされれば、一人の採用が会社全体の力を高めます。
人が増えるほど能力が循環し、蓄積されていく。それが本来、採用に含まれている可能性です。

人が増えるほど、会社の力も増えているか

意見の行き先が上司一人に絞られていると、この循環は「上が教える、下は教えられる」だけで止まります。

本当は、上司が部下から学ぶこともあります。
若手から新しい感覚を、中途採用者から前職の経験を受け取ることもできる。
ただし、それが実際に起こるには、直属の上司だけに閉じない場や、提案を試す仕組みが必要です。

会社の人数が増えているのにできることが増えていないなら、「人が足りない」のではなく「持っているものを拾う場が足りていない」だけかもしれません。

届け先と評価基準を、上司一人に預けない

上司がさらに上の仕事をするには、自分一人の能力では限界があります。だからこそ、自分にないものを持つ人を活かすことが重要になります。
ただ、これを上司個人の心がけに任せると、評価の仕組みが変わらない限り長続きしません。

部下の意見が、直属の上司だけに閉じずに届く場があるか。部下を育てることが上司自身の評価に反映されるか。新しく入った人の知識を聞く場が、入社後に設計されているか。
ただし、これらを上司個人の努力目標として掲げるだけでは、実際には機能しません。部下の意見を拾い、育成に時間をかけるには、そのための時間や裁量が上司に与えられている必要があります。評価の項目を変えるだけで、日々の業務量や権限がそのままなら、上司はやはり「今日を回すこと」を優先せざるを得ません。
こうした仕組みが実際に機能しているかどうかが、会社全体の「人の活かし方」を左右していきます。

仕事には上下があっていい。誰が責任を持ち、誰が判断するかという意味では、上下関係は必要です。
ただし、意見を拾う場と、それを評価する基準まで、上司一人に預ける必要はありません。

上司と部下のあいだには、権限の上下とは別に、「意見や知識を、どこでどう拾い上げるか」というもう一つの構造があります。
この「受け取れない構造」を、一度、自分の職場に当てはめて考えてみてもいいのではないでしょうか。

<「現場の見方」について>

「現場の見方」は、職場で一般的に起こり得るさまざまな出来事を題材に、そこにある職場の構造について考えるコラムです。
人の行動や職場で起こる問題を、個人の能力や性格だけで捉えるのではなく、その背景にある仕組みや前提から見ていきます。
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