時間軸を入れると、職場の見え方は変わる

「爆速」と「大器晩成」。「要領が良い」と「回り道」。「直球」と「根回し」。こうした言葉は、職場ではしばしば反対側にあるものとして語られます。仕事が速い人と、時間をかけて覚える人。すぐに答えを出す人と、じっくり考える人。
私たちはこの違いを、「どちらが優れているか」という尺度でつい比べてしまいます。
もちろん、今日までに終わらせなければならない仕事があるなら、仕事が速い人のほうが助かります。
「いつか役に立つから」と悠長に構えていられない場面もあるでしょう。だから「今」を見ること自体は間違いではありません。
ただ、人や仕事を「今」という一点だけで判断すると、見えなくなるものがあります。それが、時間の中で変化していく価値です。
時間軸を入れるというのは、過去を懐かしむことでも、未来を楽観することでもありません。今見えている事実が、どこから来て、どこへ向かっているのかを見ることです。
対立して見えるもの
「要領が良い人」と「回り道をする人」を、今日の仕事だけで比べれば、差は明らかに見えます。
前者は無駄なく目的にたどり着き、後者は何度も考え、試し、ときに失敗して遠回りします。
短期的な成果を並べれば、優劣ははっきりするでしょう。
しかし、その二人を時間の中で見ていくと、話が違ってきます。
回り道をしたからこそ、後になって「ここはこうすればいい」と判断できるようになる。
一度失敗したからこそ、次に同じ失敗を避けられる。いろいろな人と仕事をしたからこそ、「この場合は先にこの人に話しておいたほうがいい」と分かるようになる。過去には時間がかかっていた判断が、未来では一瞬でできるようになっているのです。
つまり「要領の良さ」は、最初から備わっていた能力とは限りません。過去の回り道が、現在の要領の良さとして現れていることがあります。

時間軸を入れると、違いは対立ではなくなる
これは仕事の進め方に限った話ではありません。
「直球」と「根回し」も同じ構造を持っています。
すぐに本人へ伝えるべき場面もあれば、先に関係者の意見を聞いておいたほうが結果として早く進む場面もあります。若い頃は思ったことをそのまま口にしていた人が、経験を重ねるうちに「今は直接言わないほうがいい」と判断するようになる。
それは直球を捨てたのではなく、直球を投げるべき場面と、投げないほうがいい場面を知っただけなのです。
「爆速」と「大器晩成」もそうです。
すぐに結果を出すことが価値になる場面がある一方で、時間をかけなければ身につかないものもあります。
今すぐ成果を出す力と、時間をかけて蓄積する力は、そもそも見ている時間の長さが違うだけなのかもしれません。
こうして見ていくと、私たちが「対立している」と思い込んでいるものの中には、実は時間の違う地点を比べているだけのものがあります。
今だけを切り取ればAとBは反対に見えますが、時間軸に置き直すと、AがBにつながっていたり、BがAを生み出していたりすることがあります。
だから「どちらが正しいか」を考える前に、「それは、いつの時点を見ているのか」と問い直してみるとよいのではないでしょうか。それだけで、同じ事実の意味が変わってきます。
もちろん、時間が経てば価値になるわけではない
ただし、ここは取り違えてはいけません。
時間をかければすべてが価値になるわけではありませんし、回り道をしたからといって必ず要領が良くなるわけでもありません。
経験を積めば必ず判断力が高まるわけでもなければ、長く働けばそれだけで会社にとって価値のある人になるわけでもないのです。
経験は、放っておけば経験のままです。そこから何を学び、何を変え、次の仕事でどう使うのか。そこまでつながって初めて、経験は価値に変わります。
さらに厄介なのは、経験が知恵になることもあれば、固定観念になることもあるという点です。
「昔はこうだった」という経験が、新しいやり方を拒む理由になることもあります。
長年その人だけが判断してきた結果、その人がいなければ誰も判断できなくなることもあるでしょう。経験が豊富であることと、経験を職場の中で活かせることは、同じではありません。時間軸を見るというのは、過去を無条件に肯定することではなく、過去が現在にどうつながっているのかを見ることなのです。
人の価値も、「今」だけでは測れない
この見方は、年齢にもそのまま当てはまります。
若い人には、若いからこそ発揮できる力があります。一方で、年齢を重ねた人には、時間を重ねたからこそ持っているものがあります。
過去の経験から問題が起きる前の小さな変化に気づけること、何度も似た場面を経験しているために判断に迷う時間が短いこと、一つの仕事だけでなくいくつもの仕事や人間関係を見てきたために目の前の問題を少し離れたところから見られること。
こうした力は、今の一瞬だけを切り取っても見えてきません。
もちろん、すべての高年齢者にこれが当てはまるわけではありません。
年齢を理由に「もう伸びない」と見ることも、若さだけを理由に「これから伸びる」と見ることも、どちらも現在だけを見た評価にとどまっている点では同じです。
人の価値は、現在の能力だけで決まるものではありません。
その人がこれまで何を経験してきたのか、その経験が今の仕事でどう使えるのか、そしてこれから何を担えるのか。時間軸を入れると、評価する対象そのものが変わってきます。
「ベテランだから価値がある」わけでもない
だからといって、「高年齢者には経験がある、だから価値がある」という単純な話にもなりません。むしろ、ここからが経営者の仕事になります。
その人が持っている経験を、その人だけが持っている状態のままにしておかないこと。判断のコツを言葉にし、なぜそうするのかを伝え、若い社員と一緒に仕事をする中で、その経験を次の場面でも使えるようにしていく。大切なのは、ベテランがしてきたことをそのまま覚えてもらうことではありません。これまで本人の中に蓄積されていたものを、次の人が自分で考え、判断するために使える形に変えていく。そこまでできて初めて、経験は「その人についている能力」から「職場に残る資産」へ変わります。

逆に、経験のある人へ仕事を任せ続けるだけでは、経験は職場の資産になりません。
「あの人なら分かる」「あの人に聞けばいい」「あの人がいないと判断できない」という状態は、経験が価値になったのではなく、経験が属人化しただけなのです。ここにも時間軸があります。
長年の経験が職場の知恵になることもあれば、長年の依存を生むこともあります。同じ「経験」でも、それを職場の中でどう扱ってきたかという構造によって、その先は変わってきます。
経営者の見るものも変わる
職場ではどうしても「今」が強くなります。今日の仕事が終わったか、今日どれだけ役に立ったか、今、何ができるか。経営をする以上、これを見ること自体は必要です。
しかし、人の価値まで「今」だけで測ってしまうと、見落とすものがあります。
特に長く働いてきた人の中には、これまでの経験をまだ職場の価値として十分に活かせていない人もいるかもしれません。
その人が持っている経験をどうすれば次の世代に残せるのか、本人だけが知っている判断のコツをどうすれば職場で共有できるのか。「この人ができる」から「この人がいたことで職場に何かが残る」へ。
時間軸を入れると、人を雇うことの意味も変わってきます。
高年齢者の雇用も、時間軸で見る
高年齢者を雇い続けること、あるいは新たに雇うことについても、同じことがいえます。
「今、この人に何ができるか」だけで考えれば、若い人との比較になりやすいでしょう。
しかし「この人がこれまで積み重ねてきた経験は、今の職場のどこで活かせるのか」「その経験を次の世代にどう渡せるのか」「この人が働き続けることで、職場に何が残るのか」と考えたとき、見えてくるものは変わります。

高年齢者の雇用は、単に「長く働いてもらう」という話ではありません。過去に蓄積されたものを、これからの職場でどう使うかという話でもあります。
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そこまで考えて初めて、雇用を続ける、役割を変える、若手と組み合わせるといった選択肢が見えてきます。
助成金は、価値を見つけた後に使う
そうした雇用や職場づくりを後押しするために、国の助成制度が用意されている場合があります。
ただ、ここで順番を間違えたくありません。助成金があるから高年齢者を雇うのではなく、その人の経験をこれからの職場でどう活かせるかを考え、そのために仕事や役割をどう変えればいいかを考え、その先で初めて、使える制度があるかを確認する。
助成金は人を雇う理由そのものではなく、職場の中にある価値を見つけ、それを活かすための投資を後押しするものです。
制度から職場を見るのではなく、職場から制度を見る。この順番を、崩したくありません。
時間は、事実を変えない
職場で誰かを見て、「この人は仕事が遅い」「この人は経験がない」「この人はもう若くない」「この人は昔のやり方にこだわっている」と感じたとき、一度だけ時間軸を伸ばしてみてはどうでしょうか。
その人はどこから来たのか、今どこにいるのか、この先どこへ向かおうとしているのか。
それだけで、これまで見えていたものとは違うものが立ち上がってくることがあります。
時間をかければすべてが価値になるわけではありません。
経験があっても変えなければならないものはありますし、成果が出なければ改善しなければならないこともあります。
時間軸は、人の価値を美化するために使うのではなく、見えている一瞬だけで人を決めつけないために使うものです。
時間は、事実を変えません。けれど、その事実が何を意味するのかは、時間によって変わることがあります。そしてその意味が変われば、「この人をどう評価するか」という問いは、「この人の時間を、職場の価値にどう変えるか」という問いに変わっていきます。
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職場の中には、まだ価値として見つけられていない時間が残っています。
<「現場の見方」について>
「現場の見方」は、職場で一般的に起こり得るさまざまな出来事を題材に、そこにある職場の構造について考えるコラムです。
人の行動や職場で起こる問題を、個人の能力や性格だけで捉えるのではなく、その背景にある仕組みや前提から見ていきます。
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