誰も悪くないのに、なぜ社員は潰れるのか?

―「3つの合理性」がぶつかる構造
「あの社員は、なぜ急にダメになったのだろう」
経営者や管理職の立場にいると、そう感じる場面があると思います。
以前はきちんと成果を出していた社員が、急に元気がなくなる。何度言っても同じミスを繰り返す。急に辞めたいと言い出す。
そんなとき、「本人の性格」「本人の能力」「本人のメンタルの弱さ」で説明したくなるのは自然なことです。
ですが、たとえば次のような二つの場面は、それだけでは説明のつかないものです。
自分が変えたいと思ったものと、会社が求めるもの
一人目は、営業として働くAさん(想定)です。
Aさんは、契約後に困っている顧客を何度も目にした経験から、営業に就いたとき「契約後に困る人を、できるだけ減らしたい」という思いを持って仕事を始めました。
ところが、営業現場には会社の事情があります。売上を上げなければならない。効率よく契約を取らなければならない。重点を置くべき顧客層もある。
一方、顧客側にも事情があります。提供する価値そのものより、価格や条件を重視する人もいる。 つまり、 Aさんが良いと思う営業。 会社が求める営業。 顧客が求めるもの。 この三つが、必ずしも同じ方向を向いていなかったのです。

誰かが悪かったわけではありません。会社には会社の合理性があり、顧客には顧客の合理性があり、Aさんにも自分なりの合理性があった。
だからこそ簡単には解決できない。
本人がどれだけ努力しても、三者の向かう方向そのものは変わらない。
それでも「もっとできるはずだ」と自分を追い込む状態が何年も続き、やがて限界が来ました。
「人を支える仕事」のはずが、別のものになっていた
もう一人は、人を支援する仕事に就いたBさん(想定)です。
人の生活を支える仕事だと思って応募したものの、実際に任されたのは、過去から積み残された案件や、組織内で整理されていなかった問題の処理でした。
一方で現場には、「支援職なのだから、人を助けるべきだ」という期待もある。
自分は目の前の人を支援しているのか、それとも組織の問題を処理しているだけなのか。その境界が分からなくなっていったそうです。

組織にも事情はあります。過去の経緯、限られた人員、決められた制度。
それでも、Bさんが大切にしたかった目的と、実際に求められる仕事との間のズレは広がり続け、ここでも限界が来ました。
「本人の問題」で片づけると、次も同じことが起きる
AさんやBさんのような社員を見て、「本人の能力不足」「本人のメンタルの弱さ」と考えてしまえば、話はそこで終わります。
けれど、それで終わらせてしまうと、同じポジションで似たようなことが繰り返される場合があります。
採用してはすぐ辞められる。育てても数年で潰れる。
この繰り返しに心当たりがある会社は、少なくないかもしれません。
二人に共通していたのは、誰か一人が悪かったわけではない、ということです。
会社が利益を追求することも、顧客が有利な条件を求めることも、組織が過去の問題を処理しながら現在を回すことも、それぞれの立場から見れば合理的です。
そして本人も、自分なりに正しいと思うことをしようとしていた。 自分も合理的。 相手も合理的。 それでも、噛み合わない。
こういうことが、現場では起きます。それぞれが置かれた場所から合理的に動いた結果、構造同士がぶつかっている。そういうことなのだと思います。

離職、採用のミスマッチ、管理職の疲弊、無駄な業務、労務トラブル。
こうした問題を「本人」だけを見て片づけるのではなく、本人・会社・顧客(あるいは組織)、それぞれの合理性がどこで噛み合わなくなっているのかを見る。
そこに、これまでとは違う見え方があるのかもしれません。
<「現場の見方」について>
「現場の見方」は、職場で一般的に起こり得るさまざまな出来事を題材に、そこにある職場の構造について考えるコラムです。
人の行動や職場で起こる問題を、個人の能力や性格だけで捉えるのではなく、その背景にある仕組みや前提から見ていきます。
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