善意で回る職場ほど、人が辞めていくことがある

「事情があるから仕方ない」で終わっていませんか

「今日は体調不良で休みます」

そんな連絡が入るたびに、現場では誰かが仕事を引き継ぎます。

管理者は「無理はさせられない」と判断し、周囲の社員も「事情があるなら仕方ない」と仕事を引き受ける。その日だけなら、どこの会社でもあることです。

しかし、それが何度も繰り返されると、少しずつ職場の空気が変わっていきます。
頼まれなくても誰かが穴を埋める。忙しくても文句は言わない。
「自分がやれば済む」と考える人ほど、負担は積み重なっていきます。
そして、ある日突然、その職場を支え続けてきた人が、先に限界を迎えることがあります。

もちろん、離職の理由は一つとは限りません。給与、キャリアの展望、人間関係、他社からのオファーなど、複数の要因が絡み合って退職に至るのが通常です。ここで扱うのは、その中でも見過ごされやすい一つの要因、「負担の偏りが、他の誰かの離職リスクを静かに押し上げている」という側面です。

誰も「悪意」はない。それでも職場は疲弊する

体調を崩した本人にも事情があります。
管理者も、その場で最善と思う判断をしています。
周囲の社員も、職場を回そうとして協力しています。

誰も悪意を持って行動しているわけではありません。それでも現場は少しずつ疲弊していきます。

なぜでしょうか。

それは、個人の善意で埋めている「穴」が、本来は組織として設計すべき仕組みの不在を意味しているからです。

人員配置、業務分担、引き継ぎのルール、応援体制。これらが十分に整っていないと、その隙間は誰かの配慮と責任感で埋められることになります。埋めている本人たちに悪意がなくても、「誰かが頑張らなければ回らない状態」が続いているなら、それは個人の努力だけではなく、職場の仕組みを見直すサインです。

ここで区別しておきたいのは、「日々の対応をしている個人」と「仕組みを整える責任を持つ組織」は、別のレイヤーの話だということです。休んだ人も、カバーした人も、その場では正しく振る舞っています。問題があるとすれば、それは個人の行動ではなく、その行動に頼らざるを得ない体制の側にあります。

管理すべきものは、人の気持ちではない

こうした職場では、「もっと協力しよう」「お互い様だから」と声を掛け合うことがあります。
その気持ち自体は大切です。ただし、気持ちは仕組みの代わりにはなりません
人の優しさは管理できません。責任感も、我慢強さも管理できません。管理できるとしたら、それは仕組みの側です
ここでいう「仕組み」とは、大企業のような複雑な制度や大量のマニュアルを作ることではありません。「誰か一人しか分からないこと」を減らし、困ったときに誰かが対応できる状態を作ることです。

  • 誰が休んでも最低限回る体制になっているか
  • 急な欠勤が出たとき、その負担が毎回同じ人や同じメンバーに偏っていないか
  • 応援できる人が育っているか
  • 業務や判断が、特定の人にしか分からない状態になっていないか

会社が見るべきなのは、ここです

「支え合い」が「支え続けなければならない職場」になっていないか

助け合うこと自体は問題ではありません。むしろ健全なチームには必要なことです。
問題になるのは、それが「一時的な助け合い」から、「他の人が支え続けることを前提にした常態」へと変わったときです。

見極めるポイントは、「誰かが急に抜けたとき、その穴を無理なく埋められる体制になっているかどうか」です。業務そのものが止まってしまうのか、それとも、特定の誰か、あるいは特定のメンバーが無理をして埋め続けているのか。後者であれば、それは助け合いではなく、負担の肩代わりによって成り立っている状態かもしれません。

これは、一人のベテラン社員に知識や判断が集中している職場だけの話ではありません。シフト制の現場でも、同じ構造は起こります。誰かが休むたびに、その穴を埋める負担が、いつも同じ人やメンバーに回り続けているとしたら、それもまた「善意によって支えられている」状態です。

誰かが無理をすることで現場が回っている状態は、一見すると優しい職場に見えるかもしれません。しかし、その優しさの中身をよく見ると、本来は会社が仕組みとして負担すべきコストを、特定の個人や限られたメンバーが肩代わりしているという構造が見えてきます。

こうした状態が続く背景には、人と人との関係性の中で生まれる力学があります。

心理学では、互いの負担によって関係性が維持されてしまう状態を「共依存」と呼ぶことがあります。職場のケースをそのまま臨床的な共依存と同一視することはできませんが、「本人にとって望ましくない負担の集中が、周囲の期待によって固定化され、抜け出しにくくなる」という力学には、たしかに似た構造があります。

見るべきものは、休んだ人でも支えた人でもない

もし、あなたの会社で誰かが休むたびに「誰が代わりに頑張るか」を考えているとしたら、一度立ち止まってみてください。

そのとき見るべきなのは、休んだ人の事情でも、支えた人の頑張りでもありません。

見るべきなのは、その職場が「誰かの善意」を前提にしないと回らない構造になっていないか、という一点です。

まずは、誰かが急に休んだときに、いつも同じ人やメンバーへしわ寄せが行っている仕事を書き出してみてください。
それは、誰かを責めるためではありません。善意で支えられている場所を見つけ、少しずつ仕組みに変えていくためです。
あなたの会社は、善意があるから回っている職場でしょうか。それとも、善意がなくても回る職場でしょうか。

職場の構造、一人で抱えていませんか

ここで取り上げたような問題は、精神論や個人の頑張りでは解決しません。会社が制度として設計し、投資すべき「仕組み」の問題です。
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