なぜ、問題は経営者のところまで届かないのか

「問題なし」に見える職場

離職率は低い。クレームも出ていない。売上も、大きく崩れてはいない。
数字だけを見れば、この会社に問題は見当たりません。しかし、現場に一歩入ると、少し違う景色が見えることがあります。

一部の社員だけが、いつも疲れている。特定の人にばかり、相談や確認が集まっている。誰も休みを取りたがらない部署がある。
不思議なことに、こうした違和感は、経営者のところまではほとんど届きません。「特に問題ありません」という報告だけが、静かに積み重なっていきます。

直近の2本の記事で、善意によって支えられている職場が、どのように疲弊し、どれだけの潜在コストを抱えているかを見てきました。今回は、少し視点を変えます。

そうした異変は、なぜ経営者のところまで届かないのか。問題が「起きていない」のではなく、「起きているのに、届かない」のだとしたら。その理由は、個人の資質ではなく、情報が流れる経路の側にあるのかもしれません。

なぜ、その疲れは経営者まで届かないのか

異変が届かない理由は、一つではありません。多くの場合、いくつかの要因が重なって、情報が途中で吸収されてしまいます。

① 支える人ほど「大丈夫です」と言う

負担を引き受けている人ほど、責任感が強く、周囲への配慮もできる人であることが多いです。だからこそ、「大丈夫か」と聞かれたときに、素直に「限界です」とは言いません。「大丈夫です」「何とかなっています」という言葉の裏に、その人なりの我慢が隠れていることがあります。

② 優秀な人ほど、問題を"処理"してしまう

本来であれば経営者や上層部に上げるべき異変も、現場で対応力のある人がいると、その場で吸収されて終わってしまいます。問題が上に届かないのは、情報が握りつぶされているからではなく、優秀な人が先に解決してしまっているから、というケースも少なくありません。

③ 管理者の報告が「回っています」で止まる

管理者自身も、日々の業務の中で「回っているかどうか」で状況を判断しがちです。締め切りに間に合っている。クレームも出ていない。だから「特に問題ありません」と報告する。これは嘘ではありませんが、「回っている」という言葉が、実態を覆い隠すことがあります。

さらに言えば、管理者は無自覚とは限りません。むしろ、誰か特定の人の頑張りで現場が回っていることを、管理者自身が一番よく分かっている、というケースも多いはずです。

それでも、その事実をそのまま経営者に伝えることには、抵抗が伴います。「特定の社員に依存しています」と報告することは、裏を返せば「自分はそれを是正できていません」と認めることでもあるからです。管理能力をどう評価されるかに敏感な立場であればあるほど、この報告はしにくくなります。

結果として、管理者の口からは「〇〇さんに頼っています」ではなく、「何とか回っています」という、事実であり同時に本質を隠す言葉だけが上に上がっていきます。これは管理者の怠慢というより、「依存を認めることは、評価を下げるリスクになる」という構造が、そうさせているのかもしれません。

こうして、現場で起きている小さな異変は、経営者に届く前に、"良い人たち"の善意によって吸収され、"守りたい人たち"の配慮によって、見えにくくなっていきます。

「回っていること」と「健全であること」は違う

ここが、この記事で一番伝えたいことです。
「回っている」という言葉には、実は二つの意味があります。

一つは、仕組みによって回っている状態。誰が休んでも、誰が抜けても、業務が止まらない設計になっている状態です。
もう一つは、誰かの能力や我慢によって回っている状態。特定の人が無理をして帳尻を合わせているだけで、その人が抜けた瞬間に崩れる状態です。
この二つは、外から見ると全く同じに見えます。売上は変わらない。納期も守られている。クレームも出ていない。しかし、その内側の構造はまったく違います。

多くの経営者が「回っている」と聞いて安心するとき、実際にはその中身を確認していません。それが「仕組み」による安定なのか、「誰か」による安定なのか。ここを見分けないまま経営判断をしてしまうと、直近2本の記事で見てきたような、突然の離職や、見えないコストの蓄積に気づけないまま時間が過ぎていきます。

結果ではなく、過程を見る

では、「回っている」の中身を確認するには、何を見ればいいのでしょうか。結果指標だけでは、この違いは見えてきません。見るべきは、もう少し手前にあるプロセスの数字です。

  • 特定社員への業務集中度:問い合わせ、承認、判断が、特定の1〜2名に偏っていないか
  • 有給取得の偏り:休みを取れている人と、取れていない人の差が大きくないか
  • 引き継ぎ可能性:主要業務のそれぞれに、代役を果たせる人が最低1人はいるか
  • 判断業務の属人化:マニュアル化されていない「その人にしか分からない判断」がどれだけあるか

これらは、離職率や売上のように毎月自動的に上がってくる数字ではありません。経営者の側から、意識して取りに行かなければ見えてこない数字です。

「大丈夫です」を、最後に疑ったのはいつですか

「問題が起きていないか」を見るだけでは、不十分なのかもしれません。
本当に見るべきなのは、問題が起きている場所ではなく、問題が吸収されて消えている場所です。
「大丈夫です」という言葉の裏側に、誰かの我慢が隠れていないか。
あなたの会社で最後にその言葉を聞いたのは、いつですか。それは、本当に大丈夫だったでしょうか。

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