なぜ「伝えなくても伝わる」は通じなくなるのか

── 創業メンバーのように動いてくれないのは、熱量不足ではない
創業したばかりの会社には独特の空気があります。
やるべきことは山ほどある。人も足りない。制度も整っていない。それでも前に進んでいく。
この型の職場では、役割は固定されません。必要な仕事が生まれれば、その場で誰かが引き受ける。昨日まで営業だった人が採用を担当し、経理を手伝い、広報を兼任することも珍しくありません。
柔軟さが強みです。だからこそ短期間で成長できる。

しかしこの型には、一つの前提があります。
熱量が、制度の代わりをしている。
創業者には実現したい未来がある。初期メンバーも、その思いに共感して集まっている。
何を目指しているのか。なぜ頑張るのか。細かく説明しなくても、共有できている。
なぜか。
同じ失敗を見てきた。同じ危機を乗り越えてきた。なぜその判断をするのか。なぜその優先順位なのか。
言葉にしなくても、経験が教えてくれる。
熱量と呼んでいたものの正体は、何だったのでしょうか。
共有された経験だったのかもしれません。創業者への信頼だったのかもしれません。危機を一緒に越えた記憶だったのかもしれません。いずれにしても、それは「伝えなくても伝わる状態」を支えるものでした。
だから仕事の範囲が曖昧でも動ける。役割が変わっても受け入れられる。熱量が、その隙間をすべて埋めていた。
会社が成長すると、新しい人が入ってきます。
その人たちも、会社を大きくしたいと思っています。成長したい。面白い仕事をしたい。だからこそ成長企業を選んでいる。向いている方向は、同じかもしれない。
でも、一つだけ違うことがあります。
同じ過去を持っていない。
なぜこの事業を始めたのか。どんな失敗を避けたいのか。あの判断にはどんな経緯があったのか。創業者が経験で知っていることを、後から入った人は知りません。当然です。いなかったのだから。
同じ未来を見ていても、同じ過去は共有していない。

ここで、「伝えなくても伝わる状態」が崩れ始めます。
熱量はもともと、
説明しなくても伝わるという前提を、支えるものでした。
役割の曖昧さを受け入れる理由を、与えるものでした。
言葉にしなくても信じられる状態を、作るものでした。
その根拠が、共有された経験だった。だから経験を持たない人が増えるほど、熱量だけでは補えないものが増えていく。
現場で起きることがあります。
「裁量があると聞いていた。でも実態は、断る基準がどこにもなかった。」
「自由だと思っていたものが、気づけば際限のない要求だった。」
これは熱量が足りなかったのではありません。伝えなくても伝わると思っていたものが、伝わらなくなっていただけです。
だから私は、この型の課題は熱量不足ではないと思っています。
熱量がなくなったのではありません。これまで伝えなくても伝わっていたものが、伝えなければ伝わらなくなっただけです。
創業期には、説明しなくても伝わったことがあります。言葉にしなくても信じられたことがあります。
創業期には、経験そのものが約束の代わりになっていました。
しかし組織が成長すると、それは通じなくなります。同じ未来を見ていても、同じ過去は共有できないからです。
だから必要なのは、熱量を高めることではありません。

これまで伝えなくても伝わっていたものを、少しずつ言葉にしていくことです。
創業者だけが経験で知っていた判断基準を共有すること。
なぜその判断をするのかを伝えること。
何を大切にしているのかを言葉にすること。
成長した組織に求められるのは、熱量を失うことではありません。伝えなくても伝わっていた組織を、言葉でも伝わる組織へ。
それが、この型の組織が次の段階へ進むために必要なことだと、私は思っています。

