始業前の10分が、数百万円になることがある

助成金にも影響する、日常の労務リスク

今回は、現場で見落とされやすい労務リスクについて考えます。

助成金の多くは、申請日前日から遡って1年以内に労働関係法令違反がないことが支給要件になっています。また、未払い残業代が発覚した場合も、是正が完了するまで申請できません。
「たった10分」の運用が、後になって助成金や会社経営に影響することがあります。

コールセンターで起きていたこと

コールセンター業務を専業とする、従業員30人ほどの会社の話です。​​​​​​​​​​​​​​​​

始業時刻は午前8時45分。しかし電話を受けるには、複数の業務システムを立ち上げる必要があり、その作業に約15分ほどかかります。
会社の運用は「9時には待機状態にしてください」というものでした。

朝礼もあるため、始業後に準備を始めても間に合いません。
その結果、多くのオペレーターが始業前に出勤し、自分の判断で準備を始めるようになっていました。時間外手当は支払われていません。
さらに現場では「待機に間に合わないなら、もっと早く来てください」という指導が行われることもありました。
しかし問題は、ギリギリに来るオペレーターではありません。
会社が9時の待機を求め、そのために始業前の準備が事実上必要になっているなら、その準備時間は労働時間と判断される可能性があります。
問題は人ではなく、その運用です。

管理者を責めても解決しない

こうした状況が生まれる背景には、管理者への労務教育が十分でないことが多くあります。
現場の管理者は悪意があるわけではありません。「現場を回すためには仕方がない」「昔からこのやり方だった」という善意の判断で指示を出しています。
しかし、始業前の準備が労働時間になり得ること、現場を動かすための指示が未払い残業につながりうることを知らなければ、管理者は現場を回そうとするほど、会社へのリスクを積み上げてしまいます。

問題は管理者個人ではありません。
管理者が安心して現場を回せるよう、労務管理を教える仕組みが会社にないことです。

「10分」を金額に換算すると

では、この10分を金額に換算してみます。

  • 時給1,600円
  • 始業前労働10分
  • オペレーター20人

この条件では、1日あたり約5,300円。
年間で約130万円。
労働基準法上の時効である3年分では、約400万円になります。
(※ 年間245日勤務で試算。割増賃金や遅延損害金は含まない概算です。端数処理も考慮していません。実際の請求額はさらに大きくなる可能性があります)
勤務日数や対象人数によっても変わります。それでも「10分くらい」で済ませられる金額ではありません。​​​​​​​​​​​​​​​​

「証拠は残らない」は通用しない

「証拠は残らない」と考える会社もあるかもしれません。
しかし今は、会社だけが証拠を持っている時代ではありません。
労働者が記録した日々のメモ、勤怠システムの打刻時間、入館記録、チャットの送信時刻など。
こうした記録を積み重ね、退職を決めた労働者が、労働基準監督署の労働相談コーナーに相談に訪れることは珍しくありません。

ただし注意が必要です。これらはあくまで労働者側が持ちうる記録であり、それだけで直ちに始業前労働の証拠として確定するわけではありません。実際の立証は、業務内容との関連を含め、総合的に判断されます。それでも、「証拠がない」という前提で運用を続けることは、リスクの過小評価につながります。

未払い残業代は、労働者とのトラブルではありません。会社の経営リスクです。
未払い残業代の支払い、助成金への影響、行政対応。それらが一度に重なる入口になることもあります。

必要なのは、仕組みとしての解決

今回伝えたかったのは、「始業前10分は違法だ」という話ではありません。

問題は、人の善意で現場を回していることです。

本来必要な準備時間があるなら、始業時刻を見直す、運用を変える、管理者への労務教育を行うなど、会社が仕組みとして解決する必要があります。
人の善意で回る職場は、一見うまく回っているように見えます。しかし、その善意は会社の仕組みではありません。

人の善意で埋めていた10分は、会社にとって「無料」に見えたかもしれません。しかし、その10分は消えません。未払い残業として、助成金への影響として、ある日まとめて支払うコストとして、会社へ返ってきます。

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