「何も教えてもらえなかった」という離職理由

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募集・採用関係性の構造

退職理由というと、給与への不満や人間関係のトラブルを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし現場の話を聞いていると、ときどき別の言葉に出会います。

「何も教えてもらえなかった。」

怒鳴られたわけではない。いじめられたわけでもない。職場の人間関係が極端に悪かったわけでもない。それでも、その人は辞めていきます。

入社したばかりの頃、多くの人は意欲を持っています。早く仕事を覚えたい、役に立ちたい、迷惑をかけたくない。そう思いながら、先輩の仕事を見て、資料を読んで、雑務を引き受けて、分からないことは自分で調べる。最初は、それで何とか前に進めるかもしれません。

しかし、しばらくすると別の不安が生まれます。自分は何を覚えればいいのか。何ができれば認められるのか。今のやり方は合っているのか。そもそも、自分は期待されているのか。気づけば、仕事そのものよりも、自分の立ち位置が見えなくなっていくのです。

こうした話をすると、「教育が足りない」「先輩が教えていない」という話になりがちです。もちろん、それが原因のケースもあるでしょう。ただ、実際の現場を見ると、もう少し複雑です。

教える側も忙しいのです。

顧客対応があり、納期があり、トラブル対応がある。教育担当として評価されているわけでもありません。教えたくないわけではないけれど、教える時間も余裕もない。そうした職場は少なくありません。

ただ、本当の問題は忙しさだけではありません。

新しく入った人が、どのように仕事を覚え、どの順番で仕事を任され、一人前になっていくのか。その道筋自体が整理されていない職場も少なくないのです。

誰が教えるのか。何ができれば次の仕事を任せるのか。何ができれば一人前なのか。

その基準が共有されていないため、教育は制度ではなく個人の善意に委ねられます。余裕がある人が教え、気づいた人が教え、時間ができたときだけ教える。結果として、誰も放置するつもりはないのに、新しく入った人だけが放置された状態になるのです。

本人から見ると、それは想像以上に苦しい状況です。忙しいことが苦しいのではありません。難しい仕事が苦しいのでもありません。何を目指せばいいのか分からないことが、苦しいのです。

人は、頑張る方向が見えているときには踏ん張れます。今は大変でも、この先に何があるのかが見えていれば続けられる。しかし、何が評価されるのか分からない、成長しているのか分からない、期待されているのか分からない、そんな状態が続くと、少しずつ自信を失っていきます。そして最後には、「自分には向いていなかったのかもしれません」と言って、職場を去っていきます。

もちろん、こうした状況を乗り越えていく人もいます。自分でゴールを設定し直し、やがて周囲から認められるようになる人も少なくありません。ただ、それを個人の資質や根性に委ねたままにしておくことが、職場としての限界でもあります。

経営側から見ると、これは単なる離職ではありません。採用コストをかけた人材が、力を発揮する前に離脱している状態です。現場はまた採用し、また教え、また辞められる。同じことを繰り返すことになります。

もちろん、すべてをマニュアル化する必要はありません。手取り足取り教える必要もありません。ただ、「最初に何を期待しているのか」「何ができれば次に進めるのか」「困ったときは誰に相談すればよいのか」、こうした最低限の道しるべを示すだけでも、状況は大きく変わります。

人は、厳しい仕事だから辞めるとは限りません。忙しい職場だから辞めるとも限りません。自分がどこへ向かっているのか分からなくなったとき、人は静かに消耗していきます。

「何も教えてもらえなかった」という言葉の奥には、知識不足だけではなく、自分の役割や居場所を見失った苦しさが隠れていることがあります。

もし採用しても定着しない状態が続いているのであれば、教育の量だけではなく、「この職場では、どうすれば役割を獲得できるのか」が見える状態になっているかを見直してみてもよいかもしれません。