(第3話)雇用の現場に必要なのは理解と支援の“土台”
目次
一刻も早く人手を補充したいvsしわ寄せを懸念
名古屋市にある「有限会社T」は、創業50年の老舗印刷会社。社員20名ほどの中小企業だが、ここ数年は人手不足が深刻化していた。特に30〜40代の若手層が少なく、現場の高齢化も進んでいる。
新年度に向けて新たな人材を募集する中、ハローワークから紹介されたのが、35歳のシングルマザー・Sさんだった。
紹介の際、ハローワークの担当者からはこう伝えられた。
「Sさんは母子家庭の母親で、特定求職者雇用開発助成金の対象になります。要件を満たせば、1年間で最大60万円の助成金を受け取ることができます」
助成金が出ることは心強い。一方で、専務のTさんの胸にはひとつの不安が残った。
「子どもの体調で急に休まれたりしたら…現場は対応できるだろうか」
それでも、「意欲がありそうだ」「ハローワークも勧めてくれている」と採用を決めた。しかし、社内では歓迎ムード一色とはいかなかった。
「小さい子どもがいるのに、フルタイムなんて無理だろう」
「どうせすぐ辞めてしまうんじゃないのか」
Sさんも最初から気を張っていた。「きっと、私のことを“特別枠”として見てるんだろうな…」
そんな中、助成金の申請手続きを進める過程で、社会保険労務士から「助成金をもらうだけでなく、受け入れ体制も整備することで職場の信頼関係を作れる」とアドバイスを受ける。
その一言から、小さな改革が始まった。
経営側と従業員側の思い
【経営側(専務・Tさん)】
「現場には無理をさせないようにしたい。けれど、このまま人が足りなければ、もっと厳しい状況になる。助成金を活用することで、その“橋渡し”ができればと思った」
【従業員側(現場主任・Nさん)】
「自分たちだって家族を犠牲にして働いてきたのに、“子どもがいる”だけで特別扱いされるのは納得がいかない。指導役を任された自分には負担しかない」
なぜ互いにそう思うのか?対立構造の見える化
【経営側】
- 働き手不足で一刻も早く補充したい
- 意欲ある人材を見逃したくない
- 助成金でリスクを抑えられるなら雇いたい
【従業員側】
- 「また現場がカバーするのか」という不満
- 「特別扱いされている」との不公平感
- 経営陣が現場の状況を理解していないと感じている
解決策:助成金がつなぐ、新たな働き手と職場の信頼関係
助成金を活用し、"育成と定着"を支える社内体制をつくることで、採用の不安と現場の不信を取り除きます。
特定就職困難者に対する雇用は通常よりも時間と配慮が必要ですが、助成金はその"調整コスト"を会社が担うための原資になります。
たとえば、Sさんのような家庭の事情がある社員に対しては、フルタイム勤務を徐々に導入したり、メンター制度を設けるなど、会社側の“準備”が必要です。それを支えるために助成金を活用するのです。
シングルマザーは、言わば「水を与えれば芽を出す種」のような存在です。助成金はその“水”であり、“支柱”であり、“日差し”でもあります。時間をかけて育てる姿勢があれば、やがて職場の力になってくれると見込まれます。

こうした人を育てる土壌ができれば、これから先、人手の確保に余裕が持てることでしょう。
特定求職者雇用開発助成金「特定就職困難者コース」とは
⑴ 何に対して払われるのか
就職困難な事情を持つ求職者(母子家庭の母、障害者、高年齢者など)を、ハローワーク等の紹介を受けて雇用した場合に、事業主に支給される。
⑵ ざっくりの金額
1人あたり 最大60万円(一般的なケース)
⑶ 対象の労働者と事業者
- 労働者:母子家庭の母、父子家庭の父、障害者、生活保護受給者等
- 事業者:対象者をハローワーク等の紹介で雇用する企業(主に中小企業)
⑷ 詳細な金額(例)
- フルタイム勤務者: → 30万円(雇入れ後6か月間継続雇用) → さらに30万円(継続して12か月雇用)
- パートタイムも条件を満たせば対象
- 障害者や高年齢者は加算あり(最大240万円)
⑸ タイムスケジュール(例)
- 雇用前にハローワークからの紹介を受ける
- 雇用契約後、6か月経過時点で第1期の申請
- 12か月経過時点で第2期の申請
- 審査を経て、支給決定(2〜3か月後)
最後に
今回のように、母子家庭の母親を雇用することは、企業にとっても職場にとっても“挑戦”です。しかし、その挑戦には、制度と支援がついています。
特定求職者雇用開発助成金は、「雇う」ことをゴールではなく「育て、共に働き続ける」ためのスタートに変える力を持っています。
"誰もが働ける職場づくり"を、助成金の活用から始めてみませんか?

