助成金申請に伴う労務管理 -帳簿類の整備と適切な労務管理-
助成金の活用を考える場合、事前に整えておかなければならないのが「帳簿類」と「労務管理」です。
助成金を受給するには申請前後を比較して改善されたかどうかを審査されるケースが多くあります。申請の際には「帳簿類」の原本のコピーを提出します、申請前から一定期間正しく記載しておかないと後から作り直すことができません。「前からあったことにする」とか、「見せかけの記載」などは通らないのです。
助成金の審査は厳格で、申請内容が事実かどうかを含めて、様々な角度からあらゆる手段を使って厳しいチェックが行われます。このため、不正はほぼ確実にバレます。バレた場合、その内容に応じて、法人だけでなくその役員や申請を請け負った社労士など、かかわった人にも違約金の支払いや社名(氏名)の公表、一定年数助成金の申請ができない、場合によっては刑事告発されるなど重いペナルティが科せられます。
(参考)雇用調整助成金(不正受給関係)《厚生労働省》
このため、法令に触れないことはもちろんのこと、申請に必要な項目が抜けていないかなど、助成金に対応した内容になっているかを日頃から確認しておく必要があります。しっかり整えておきましょう。
また、当然ですが「労務管理」の仕方が間違っていると、それが帳簿にそのまま反映されます。認識が間違っているなどが原因で、無意識のうちに長時間労働や残業代未払いなどが発生していませんでしょうか。法令は「知らなかった」は通りません。労務管理体制、労働環境が適切かどうか改めて確認しておきましょう。
確認した結果不十分と判断したら、体制をしっかりと整え直してください。
助成金申請に必要な帳簿
助成金申請で必要となる帳簿類は、下記の5種類です。
1~3は労働基準法で作成と保存が義務付けられているため備えていると思いますが、「4」の就業規則は従業員が10人未満の事業場では作成していないことが多いかもしれません。しかし、助成金の申請ではほぼ必要になりますので、ぜひ作成・届出してください。
36協定を結ばずに法定時間を超えて残業をさせたり、休日出勤させると法令違反です。申請の際に36協定の提出が必要な助成金もあります。
(参考)主要様式ダウンロードコーナー (労働基準法等関係主要様式)《厚生労働省》
1.労働条件通知書
従業員を雇う際には、労働条件を明示しなければなりません。決まった書式はありませんが、「絶対的明示事項」といって必ず明示しなければならない項目と、定めをする場合には明示しなければならない「相対的明示事項」があります。
「絶対的明示事項」のうち、「昇給に関する事項」以外は原則として書面で交付しなければなりません。書面とありますが、労働者が希望した場合には、メール・SNS・FAXで明示することもできます。

- ひな形を使用している場合は、法改正に注意が必要です
- 助成金申請では、雇い入れる時だけでなく、労働条件が変わる都度交付している必要があります
- 就業規則との整合性もとっておきましょう。
2.出勤簿
使用者には、従業員の労働時間を客観的に把握する義務があります。厚生労働省のガイドラインでは、その方法について、原則、使用者の現認か、タイムカードやパソコンの使用時間の記録などで行うこととなっています。毎回使用者が現認するのは現実的ではないため、一般的にはタイムカードや勤怠管理システムなどを用いて管理していくことになるでしょう。
この記録を元に、決められた項目を記載したものが出勤簿です。
勤怠管理システムには、出勤簿の自動作成機能があるものが多く、客観性もありますので積極的に活用したいところです。

- やむを得ず、労働時間管理を自己申告制にする場合は、厚生労働省のガイドラインに沿って適切に行う必要があります
(参考)労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン《厚生労働省》 - タイムカードやシステムの打刻忘れには必ず追記(修正)と理由の記録が必要です
- 長時間労働が常態化しているなら、本気で改善を目指してください
- 勤怠管理システムについては、法令対応がやや弱いものや、帳簿の形式が整っていないなど、助成金を申請するには不向きなものもあるため、操作性や利便性だけで選ぶことはお勧めしません
3.賃金台帳
労働基準法に基づいて必要事項を記載する必要があります。給与計算にミスがあり、時間外手当が払われていないことが後になって発覚するケースがあるため、改めて点検しておきたいところです。給与計算ソフトを使っていれば簡単に出力できるものが多いので便利です。
賃金台帳は出勤簿と照合され、時間外手当の金額が適切でないと助成金は不支給になります。

- 必要な項目が記載されているだけでなく、中身に間違いがないかのチェックも必要です
- 助成金申請では、賃金の支払い日も記載されていることが望ましいです
- 1枚につき1名で作成します
4.就業規則
助成金の申請では、就業規則の提出を求められることがほとんどです。小規模な事業場では作成していないことも多いのですが、助成金の活用を考えるなら作成が必要です。なお、すでに備え付けている事業場でも、法改正に対応していなかったり申請する助成金に必要な条文が追加されていないなどの不備が見つかることが多いものです。
インターネットからひな形をダウンロードして自作した場合、他の帳簿類と整合性がとれていなかったり、文言が適切でない場合があります。また、必要な規定を作っていなかったということもあるため注意が必要です。こうした場合、当然助成金は不支給です。
就業規則は、労使トラブルにも対応できるよう、しっかり作り込まれたものが理想ですが、専門家である社労士に頼むと数十万円単位で費用がかかります。
この費用をどう捉えるかについては、事業主の判断によるところです。
今後のことも考え、これを機にしっかりしたものを作っておくのも良い選択ではないでしょうか。
それでも、助成金を申請するためにそんなお金を払いたくないという場合、弊所では、助成金申請用に最低限の条文で構成された就業規則を無料で作成しています。もちろん、助成金申請のために必要な、既存の就業規則の軽微な変更も無料です。

- 対象となる従業員の範囲を明確にする必要があるため、雇用形態ごとに作成すると良いです
- 労働時間・休憩・休日は現時点の実態に即したものを記載する
- 賃金の締切と支払日は必須項目です
- 基本給や手当が他の帳簿類と相違していないか注意が必要です
- 申請する助成金の種類により、必須となる条文が異なります。記載漏れに注意が必要です
5.36協定
労働基準法では、労働時間は原則として、1日8時間・1週40時間(特定の業種は44時間)以内と規定されています。この法定労働時間を超えて残業や休日出勤をさせるには、労働者の過半数を代表する者と使用者が協定を結び(36協定)、事前に労働基準監督署長に届け出る必要があります。
特別条項付きで締結・届け出した場合、一定の制限付きですが、さらに限度時間を超えて時間外労働をさせることができます。

- 36協定は、締結しただけでは効力がありません。届け出て初めて罰則を受けない免罰効果が生まれます
- 労働者の過半数代表の選出は、投票や挙手など適切な方法で行いましょう。後々のことを考えると、決して恣意的に選出するべきではありません
- 36協定の締結・届出が必須となる助成金(働き方改革推進支援助成金-労働時間短縮・年休促進支援コース-)もあります
労務管理
助成金の財源の多くは、事業主が払う雇用保険料です。したがって、助成金を申請・受給するには、雇用保険適用事業場であり、支給申請日と支給決定日に雇用保険被保険者が存在する事業所の事業主である必要があります(例外あり)。
その上で、適切に保険料を納め、従業員の資格取得と喪失の手続きを滞りなく行っている必要があります。
また、申請日の前日から過去1年の間に労働関係法令の違反があった場合も申請できないため、必要な書類を交付していない、協定を届出ていないなどがないか確認が必要です。

- 従業員の労働時間を適切に把握していますか
- 給与計算ソフトの設定は正しくできていますか。設定が間違っていると出力される結果も間違ったものになってしまいます
- 助成金を受給するには、申請前後の一定期間、申請する助成金の要件にしたがって労務管理が必要なものがあります
- 法令にそぐわない事業場のマイルールは通用しないため、改善が必要です
- 法改正の情報を常にキャッチアップしていないと、知らないうちに法令違反を犯してしまう可能性がありますので注意してください
まとめ
日頃から適切な労務管理を行い、それを反映した帳簿類を整えるのは、法に基づくもので当然のことです。
ただ、厄介なことに法改正が頻繁に行われるため、絶えずキャッチアップし続けなければなりません。
さらに、助成金の申請要件を満たすには、それ以上のことが求められます。
大変ですが、やりようはいくらでもあります。
何より大切なのは、そこに目を向けようと思っていただけるかどうか。まず、そこではないでしょうか。
捉え方の一つとして、助成金が存在する意味をそうした側面からも見出すことができます。